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ドイツ西部の街、ケルンから時々出かける旅の 記録。ケルンに来る前に住んでいたベルリンから出かけた旅の思い出も入っています。 このブログは「離れ」です。 「母屋」はこちらです。 「今のベルリンのお天気は?」 コメント、リンク、トラックバック歓迎ですが、特定の販売サイトへの誘導や本文の内容と全く関係ないものは削除させて頂くことがありますのでご了承下さい。 カテゴリ
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さて、美味しい紅茶で少し温まった後、遊覧船に乗りました。 ![]() あり、ヘッドホンで各国語の解説が聞けます。スウェーデン語、英語の他 ドイツ語、フランス語、イタリア語、スペイン語、中国語、そして 日本語もありましたが、ストックホルムッ子のための、という スウェーデン語の解説もありました。よそからのお客さんを連れてきた 地元の人にも地元を見直すいい機会なのかもしれません。 日本で「江戸っ子のための隅田川下り」とかあったら私もやってみたい ものです。 ![]() 船から降りたら小腹がすいて、どこかでなにか食べたいね、という ことに。でもその付近ではどうも適当なところが見つからず、中央駅 周辺の方まで歩いて、さらに市庁舎まで歩いて。お腹がすいてるところを 歩かされて独欧州、だんだん機嫌が悪く・・・。 ![]() ![]() ![]() 市庁舎というのはドイツでは少なくともレストランがついていることが 多い。あったかいものがあるといいね、と言いながら歩いていったものの、 土曜日の夕方という中途半端な時間には開いておらず。 ![]() ![]() 寒い中を空腹で歩かされた相方はかなりご機嫌ナナメで到着したの ですが、ラザニアを食べてコーヒーを飲んだら機嫌も回復。 わかりやすい人です。人間的、ともいえるのかも知れませんが。 そんなこんなで日の短い一日は暮れ、あっという間に真っ暗。 寒いし、もう外歩きはしたくない。 持っていたガイドブックを眺めていた相方が「映画、見に行こう。」 と言いだし、市の南側にあるマルチスクリーンの映画館へ。 「なに見る?」と言ってあまりコレ、という映画がありません。 アメリカのバカバカしいコメディーも見たい時は見たいけど、今日は 気分じゃない。ホラー映画もイヤ、アクションものもイヤ、となると 残りはスウェーデン映画の推理もの。 ![]() と私は異を唱えたのですが、相方は映画館に置いてあったスウェーデン語の 無料映画情報誌をパラパラとめくり、スウェーデン語をじっと眺め、 「フーム。どうやら女性弁護士さんが殺された牧師さんのナゾを解く、 っていう話らしいよ。」と。 私が香港で書いてある漢字から想像するに、多分、これはこんな意味、と いうのをドイツ人の相方はスウェーデン語でやっているという感覚が なきにしもあらず。ともあれ、そのスウェーデン映画を見ました。 まだ封切られたばかりの新しい映画で映画館はほぼ満席。 オッサ・ラーソンという女流推理小説家の作品の映画化らしいです。 原作の英訳は出ているようですが(英題:Sun Storm・太陽の嵐?)日本語訳は まだないようですね。 スウェーデンの北の町の小さな教会でおきた殺人事件。幼なじみの女性が 容疑者として捕らえられたと聞き、ストックホルムで働く美人弁護士が その謎に挑むというスリラーでした。 一言もわからないスウェーデン語ながら、画面を見ればある程度は筋も 追えて、それなりに緊迫した雰囲気も伝わってきました。 スウェーデンの北の方の町の話ということでオーロラが出ているシーン もあったのですが、「うわぁ、オーロラだ!」と思ってるのは私くらい だったんじゃないでしょうか。 相方がスウェーデン北部出身の同僚に聞いた話では、北部では特に 「しょっちゅう出るんで、別に何とも思わない。」 のだそうです。 「しかもアレ、音がするのよ。夜中にうるさくて目が覚めると オーロラが出てるのよね。」 ・・・どううるさいのかはよくわからないままだったのですが、 幻想的にカーテンのように光が広がるだけではないというのは 初めて知りました。 (つづく)
金曜日に雪が降って、冷たい氷雨の晩秋から本格的に冬に移行して しまいました。土曜日の朝「ホテル」があまりにもひどいので 「引っ越す?」と相方をけしかけてみましたが「いや、もうカードで 払っちゃったし。それに今日は出かけたら夜まで帰らないだろうし、 寝に帰るだけだから。」というのでもう一泊はガマンということに。 ともあれ、朝8時のサンドイッチ、コーヒーの配給時間に間に合わなかった ため、1000円の追加を払った朝食もやはり「・・・。」という内容。 相方のつながった眉の下が曇って見えるのはいわゆる「眉間に皺が寄って いる状態」=「機嫌が悪い」ってことです。あうう。 でも幸いお天気だけは良くて青空がのぞいています。 相方は5年前にも学会だかでストックホルムに来たことがあり、 「旧市街にとりあえず行こうよ。」というので地下鉄で ガムラ・スタンに向かいました。 お天気がいいと、散歩も楽しい。でも土曜の午前中は観光客と 地元の人が買い物にどっと繰り出し、狭い旧市街の石畳の道は 混雑しています。例によって、人混みの嫌いなヒトと歩くには とても不向きな状況。なるべく人のいない方に、いない方に・・・と 流れていきました。歩きながら観光局でもらった案内を読んでいた 相方が「船でめぐる運河ツアーがあるって。これやろうよ。」と言い出し、 お昼過ぎの出発のに間に合うかな、と言いながら船着き場を目指しました。 船着き場はストックホルム一の高級ホテル、グランドホテルの前。 12時半出発の切符を買ったのが11時半。1時間も寒い埠頭で待つのは 無理・・・「じゃ、あそこで待とう。」と相方が指差した先は グランドホテル! ![]() 「高価いったってコーヒーくらいならたかが知れてるよ。泊まるわけ じゃないし。でも友達に自慢できるよ、中に入ったって。それに今、 泊まってるとこがひどいからね、その埋め合わせ。」 というわけでおそるおそる、敷居の高いグランドホテルへ・・・。 ドアマンが他の婦人客と話している脇をすり抜け、回転ドアを 押して中に入るといかにも伝統のヨーロッパ、という重厚な雰囲気。 左側のラウンジ奥の窓際の席にいこうとするとそこはレストランで まだ開店していないとのこと。コーヒーを飲みたい、というと 反対側のバーへどうぞ、と言われたのでそちらに移動。 バーカウンターのあるラウンジも壮麗な雰囲気。 自分たちの宿を思い出すとその差に何だかおかしくなってしまうほど。 同じストックホルムでこの差は・・・。 ![]() 両方で100クローネ(1800円くらい?)でしたが、紅茶は 大きなポットサービスでフルーティーな香りが高く、おいしいもの でした。 ![]() (つづく)
ストックホルムでは最初の数日は仕事で行っていた相方の取引先 に近い市内から地下鉄で20分ほどのところにあるビジネスホテルに 泊まっていました。観光には不便でしたが、ネット環境も素晴らしく、 立地以外は大変に良かったのですが、相方の仕事が終了した金曜日に ネット予約した市内の別な「ホテル」に引っ越しました。 ストックホルムは物価が高い、とは聞いていましたが、ホテル 代金に関しては100ユーロがほぼ下限という状態でした。 ドイツなら運がいいとダブル、ツインで60ユーロくらいでも いい部屋が見つかったりするのですが、このストックホルムの 「ホテル」がひどかった・・・。 そこそこ中心に近く、まあまあ便利なところではあるのですが、 ホテルというよりはホステル。普通はバスルーム共用というのを わざわざ値段の少し高いバスルーム付き、というので予約したの ですが、この部屋が狭い! バスルーム込みで4メートル×2メートル足らずくらいの、閉所恐怖症 だったら気が狂う、と思われる大きさ。しかも部屋のバスルームが臭う。 ドアをきっちり締めないと部屋中に悪臭が漂う感じです。シャワーと トイレのしきりはイケアのシャワーカーテン一枚。 いわゆるシャワー用のキャビンにもなっていない。 水はけも今ひとつで、足拭きマットを床に広げてシャワーを浴びたら 水浸しになってしまいました。 金曜には雪が降ったのですがこの安普請、暖房だけはしっかりしていて 寒い思いこそしませんでしたが、朝食も朝6時から8時に起きた 人だけにサンドイッチとコーヒーが出てそれ以降の朝寝坊には1000円 ほどの追加が朝食にも必要というじゃありませんか。 「冗談じゃな〜い!」 一泊100ユーロ以上(1万7千円近く)して、いくら何でもこのサービスは 許せん!とドイツに帰ってすぐに予約したサイトのHotels.comに苦情の メールを強い口調で書きました。(メールだと何でも言えるオバちゃん気質。) 「そちらさんのサイトのベストパートナーホテルっていう証書が フロントわきに額入りであったけど、これがそちらさんの標準なら もうそちらのサイトでホテル予約なんかしません!」 そうしたらカスタマーサービスから早速返事が来て30ユーロほど返金 します、ですって。それでも一泊あたり85ユーロは許しがたい高価さ ですが、フロントの女の子も愛想が良かったし、ま、許すかな・・・。 と、せっかくの美しい街の思い出を台無しにするホテルの話で スミマセン・・・。 ![]() まったく英語で言うところの「猫を振り回す余裕もない広さ(Not enough room to swing a cat)」、日本語でいうところの「猫の額ほど」の 部屋でありました・・・アレ、どうして狭いっていうと英語でも 日本語でも猫、なんだろう。 ドイツ語にはそういう言い方、あるのかな。 (つづく)
相方が仕事で出かけている間にストックホルムの旧市街、 王宮もある島、ガムラ・スタンに出かけてみました。 寒い、曇りがちな日でぱっとしませんでしたが、ストックホルムが 北欧の都、と呼ばれるわけが美しい旧市街を見てわかったような 気がしました。 ライン河の都ケルンは第二次大戦で99パーセント、大聖堂を残して 街のほぼすべてが破壊されてしまいました。今ある「旧市街」は 戦後の再建、ケルン大聖堂からほど近いこともあって観光客目当てと 思われるお店ばかりしかなく、どうも日頃は足が向きませんが、 ストックホルムの旧市街は観光客目当てのお土産物屋さんなどと 並んで手袋や手芸用品を扱うお店があったりして、市民の生活の 息づかいが感じられました。 ![]() その近くに紅茶専門店があるのよ、と相方のスウェーデン人女性同僚 が教えてくれていたのですが、本当にドイツ教会のすぐ隣ですぐに 見つかったので入ってみました。しんしんと寒い日でいくら美しい 街だからといってただ逍遙するのが楽しい日じゃなかったのです。 それにしても女性同僚というのはありがたいですね。ジモティと いう言葉、まだ日本で有効かアヤシいですが、その土地のことは その土地の人に聞け、です。 ![]() 上品な老婦人の二人連れなども来たりして、落ち着いた雰囲気。 私は160クローネの「イングリッシュ・アフタヌーンティー」を 頼んでみました。 小さなサンドイッチにクロテッドクリームとジャムを添えた スコーンが二つ、日本ふうな大きさ(ドイツのケーキはしばしば 巨大)のケーキはその日の何種類かの中から選択できます。 紅茶はダージリンのセカンドフラッシュを選んでみましたが 私の好みから言うともうちょっと濃いめに入れてほしかったかな。 でも量的にも本場のイギリスだとサンドイッチもスコーンも ドドーン、と来たりする時がありますが、日本人の婦女子にも ちょうどいいくらいの量で日本のストックホルムのガイドブック にも載ってたりするのかなぁ、と思ったりしましたが、私が外は 冷えるし、それほど混んでいなかったのをいいことにすっかり 長居していた間には日本人は来店しませんでした。 アフタヌーンティーの後、ちょっとまた歩いているうちに4時には すっかり夜の暗さになってしまいました。11月上旬でこれじゃ 冬至の頃はどんなに暗いのか、と思いました。 (つづく) ![]() 相方は仕事ですが、私は気晴らし。でもしなきゃいけない仕事が あってパソコン持参です。 ホテルはネット環境も快適ですが、市の中心から離れていて 空港から直接来ることが出来ず、一旦、バスで市の中心まで出て そこから地下鉄(T-banaというらしい...手鼻?)でまた空港方面に 戻ったあたり。しかも駅からさらにバスを乗り継がなければ ならないようなところ。幸い、相方のスウェーデン人同僚の リンダさんが車で駅からホテルまで送ってくれました。 「わざわざ11月のこんな時期にストックホルムに奥さん連れて こようなんて、相方氏、変わってるわね。この時期は寒いし、 天気悪いしでいいことないっていうのPh.D『博士さま』なら ご存知でも良さそうなのに。」なんて半ば冗談めかして 笑いながらリンダさんがいうのも無理はない。 気温摂氏1度。 ドイツより寒い。 午後2時くらいから夕方のような暗さ。4時にはもう真っ暗。 ドイツよりも日が短い。 しかもぼそぼそ、冷たい雨が降って。 でもこれがストックホルムの11月、なんですね。 今日は空港に着いてお金を交換して(ここはユーロじゃなかったんです。 いまでもクローネ)、バスで市内へ出て、地下鉄で市外へ戻って・・・ なんてやってたらあっという間に真っ暗になっちゃいました。 またなにか見つけたら投稿するつもりです。 # by akberlin2 | 2007-11-08 02:47
(↓下の記事からつづく) ・・・翌朝、目が覚めたら10時でした。なんとなく調子が出なくてベッドで ゴロゴロしながら朝の子供向け番組を見ました。アニメやアメリカの ティーンドラマもフランス語吹き替えだと妙にかっこよくみえるなぁなんぞと 感心しているうちにあっという間にチェックアウトタイムが迫ったので着替えて フロントで精算し、ホテルの外に出たのはもうお昼ごろ。 ホテルのロビーで「ギメ東洋美術館」のパンフレットをもらっていたので、 見たことないし、とりあえずそこに行ってみようかとのこのこ出かけました。 エッフェル塔のよく見えるメトロのトロカデロ駅から歩いて5分。 ![]() いかにもパリっぽい感じの建物ですが、中は暖かい東南アジアの風が・・・。 ![]() ![]() ![]() ![]() ガネーシャもいました。 中国、日本コレクションも充実。 ![]() ![]() 子供にも人気です。 ![]() ![]() さて地下に食堂があったのでお昼を食べることにしました。 20ユーロのメニュー。前菜とメインとデザートを何種類かから選べます。 ![]() ![]() オレンジの香りがふんわり。白ごまが散らしてあってごはんが進みます。そのあと、 デザートまでがちょっと待たされたのですが・・・。 ![]() ふわりとした生地からは湯気とともにココナツの香りが。それにココナツミルクが かかってきて、ココナツ好きにはたまらない美味しさ! デザートだけもう一個食べたいくらいでした。 ![]() 唐三彩の壺。解説票に「唐の釉薬、トリコロール」って書いてあって、そうか三彩 だからトリコロールか、と妙に感心してしまった。 この壺の向こう側に丸テーブルがあり、30代くらいの夫婦が小学校低学年と 中学年くらいの息子を二人連れて座りました。 下の息子は「Yakitori」とメニューにあったものを取ってもらったようで、 しばらくするとなるほど、焼鳥串が数本とごはんとサラダが一緒に盛られて お子様ランチ風になったものが運ばれてきたのですが、お兄ちゃんは喜んで 食べ始めたものの弟は食べ慣れぬ「アジアごはん」に初めから拒絶反応。 「サラダはヤダ」と言えばお母さんがお皿からサラダを取って自分のに移し、 お父さんが鶏を串から外してやって、フォークに刺して口許までもっていくのに きっと口を結んだまま絶対に食べようとしない。 「ほれ、美味いから食べろ!」「いい子だから食べなさい!」と両親が言えば言うほど、 弟はどんどんかたくなになって絶対に口を開けようとしない・・・。 実は私もそうでした。バリバリの中華がずっと苦手でした。強すぎる八角の味 なんかはじつは今でも苦手です。子供って食べつけないものは食べたくないん ですよねぇ。その坊やを見て、久しぶりに我が姿を思い出しました。 まぁ、その子が長じてドイツに住み、フランスに行ってアジアごはんを好んで 食べるようになったりするんですから。あの弟もいつかはアジアごはんの 美味しさに目覚めるかもしれません。 なんだかんだですっかりアジアにハマって気がついてみたら短い冬の日が すでに暮れかかっている時間。のどが痛いのも相変わらずなので無理に ジタバタせず、おとなしく早めに空港に切り上げることに。 帰りはRERという電車を利用しました。ロワシービュスよりも早く空港に着きます。 空港内の売店で相方におみやげのチョコレートを買って、ミネラルウォーターを 買ったら・・・手荷物検査のテロ対策で取り上げられそうになって慌てました。 (手荷物検査機のところで500mlを一気飲みしました・・・。) 欧州内、欧州内からのフライトでは液体、クリーム類(歯磨きなどのペーストも含む) の機内持ち込み、厳しくなってます。液体の量ではなくて、容器の大きさで100ml以上 のものは持ち込めないようです。使いかけの化粧水(容器が200mlだった)まで 取り上げられたのには閉口しました。 格安航空のジャーマンウィング、ケルンへの帰りの便は30分ほど遅れました。 格安航空会社では席が決められてなくて、チェックインの時にもらえる番号は 整理番号。乗ったら自由席です。そのために搭乗前には行列してなるべく早く いい席を確保する必要があります。 私の前に並んでいたのは年明けをパリで迎えた若いドイツ人カップル二組。 「ホテルの朝食にハムもチーズもないからね~。ホントにクロワッサンと バゲットとコーヒーとジュースくらいで。」 そういえばドイツ人は朝食に人を招いたりするくらいでハムだのチーズだのを 何種類も食べる人が多い。パンも黒パン、白パン取りそろえて、という趣です。 「あとね、羽布団じゃなくてね、シーツに毛布一枚でしょ、寒くってね~。」 そういえばドイツのベッドメーキングはフランスやイギリスと違ってふんわりした 羽布団をたたんでおいたりしますが、フランスはシーツと毛布をビッタリ折り込んで 敷布と掛け毛布の間に挟まって寝る式です。 距離的には本当に近いドイツとフランスですが、文化の違いってこういうところに あるんですね。 パリだったのかなんだったのかよくわからないくらい短い旅でしたが、 ま、こういうのも、アリ。
年明け早々、かわいがっていた親戚のコが年末年始にパリに来ていると いうのでそれじゃワタシも行ってみようか、と二日の朝から出かけました。 ケルンはドイツでもかなり西に寄った街なのでドイツ国内のベルリンに 行くよりもフランスのパリの方が近いくらいなのです。 (ケルンからベルリンは475km、パリは405km!) 列車でもケルンからは特急タリス・Thalysというのが出ていて ブリュッセルを経由して4時間あまりでパリ北駅に着くらしいのですが、 探したら格安航空会社のジャーマンウィングス・germanwingsの方が 安かったので飛行機で行くことにしました・・・・が。 朝7時に発つ便。ってことはその1時間以上前にケルン=ボン空港に 着いていなければならなくて、そのためには・・・逆算して・・・ ・・・4時起きですか。 この時点でちょっと萎えましたが、なにしろ私の永遠のアコガレ、花のパリ。 有名ブランドにはまるっきり縁がないものの、街を行く人々を見るだけでも 楽しいところ。去年、相方を連れて行って以来ですが、せっかく近所(?)に 引っ越して来たことだし、とりあえず行っとこうかね。でも年末年始あたりから どうものどの調子が・・・。 ともかくパリに着きました。空港からロワシービュスという市内直行バスで オペラまで行きます。街の中心に行くまでの風景は・・・え、こんな?! ![]() 普通こんなとこ、パリですってわざわざ紹介されないですもん。 でもね、街の中心をちょっと離れると、わりと普通の街の風景で、ドイツや うっかりすると日本ともあんまり変わらない感じで妙に安心するっていうか。 でもパリっていえばやっぱり・・・ ![]() 朝日に輝くオペラ座です。バスで着いた朝9時ぐらいの風景。 とりあえずネットで一泊だけ予約した17区、凱旋門からもほど近い プチホテルに行って、そこにすでに泊まっている従弟半(イトコハン =従姉の子供)と再会。一緒にぷらぷら歩いて、凱旋門に行く途中の 手頃なカフェで寄り道。7ユーロの朝食セットを頼みました。 コーヒーとオレンジジュースとバター付きバゲットにブルーベリージャム、 それにヴィエノワズリーという菓子パン、ペストリー風のクロワッサン。 フランス風なコンチネンタル朝食です。このカフェの隣にパン屋さんがあって 「2006年のベスト・バゲット賞獲得」なんて看板が出てたのですが、私が 朝食セットを注文したらウェイトレスの南欧美人があわてて隣にパンを買いに いって、出てきたバター付きバゲットはやっぱり美味しい! ともあれ、そんなこんなで小腹は満たしたけれど、相変わらずのどが ヒリヒリ、なにかを飲み込むたびにピリッとくるのは非常にマズイ感じです。 ま、せっかくのパリ、特別大事な用事も予定もないし、のんびりうろうろしよう、 と思ったのでした。 とりあえずオペラの近くのデパートへ。そこでイトコハンとは一旦解散。 見たいモノが違うときは迷わずさっぱりこうします。 お互いにあとで「あれが見たかったのに」にならないので精神衛生上もヨシ。 私はドイツにはない雰囲気のフェミニンなパーツの連なった可愛いネックレスを 買い、イトコハンは「会社に着ていけるコートとマフラー」を買いました。 そのあとはまた市内で見たいところが違ったので「また夕方、ケータイで連絡 取り合ってどこかで会おう」と言って解散。 私はまっすぐマレ地区へ。このあたりには可愛らしいモノを売るお店がたくさん あってゆっくり見るには一人の時に限ります。 ![]() このあたりなんです。 そしてウロウロしていて偶然見つけ、お手洗いだけ拝借するつもり(!)でフラリと 立ち寄ったカルナヴァレ歴史博物館。パリの歴史が絵画や調度品でわかる ステキな博物館でした。 しかも入場無料!パリ市、太っ腹!Vive la France!(フランス万歳!) 見始めたらキリがないほどの展示品の数々、もともとはお城だったところを 改築しているとかで建物からして豪華で贅沢な博物館です。 その中にあった「失われた時を求めて」のマルセル・プルーストの部屋の再現。 ![]() ・・・はい、すみません。私は読んでいません。 高校生までガリ勉・秀才くんタイプで押し通し、哲学にハマりかけたという ![]() そんなこんなしているうちに風邪っぽいのがどんどん悪化。 のどは相変わらず焼け火ばしでつつかれたようなヒリヒリ具合。 こういう時に美味しいものは・・・そうだ、アラビア風ミントティーだっ! というわけでメトロを乗り継ぎ、5区にあるアラブ世界研究所へ。 アラブに関連する本や美しいアラビア習字のポストカードなんかも売っている ブックショップやミュージアムも入っていて、またアラビア語の語学講座も 行われているようです。5〜6年前に来た時には入り口でそんなに厳しいゲート 検査なんかなかったと思うのですが、こういうご時世ですからね、カフェに行くだけ でもゲートを通って、荷物をレントゲンにかけさせられて空港並みでした。 ここは屋上にテラスレストランもあったと記憶していますが、寒いので今回は 一階のこじんまりしたカフェでミントティーだけ。大学に近いあたりで、なんとなく 知的な人がたくさんいて、フランス語やらアラビア語やらでケンケンガクガク議論して いたりして、地味だけど好きなスポットです。 緑茶にミントを入れてうんと甘ーくしたアラブ風のミントティー。 甘いのとすっきりしたミントでのどがさっぱりするかなぁ、と期待したけれど、 甘いお茶でものどにつかえてザラザラ。ダメだこりゃ。 イトコハンにケータイからメールを打ちました。 「もうダメ。一緒にごはん食べたかったけど無理。悪いけどホテルに帰ります。」 イトコハンは翌日の朝の便でもう東京に戻ると行っていたので、一緒に食事を するとすればその晩しかなかったのですが、どこかレストランでとなると たっぷり時間をかけてワインなども気長に楽しむのがフランス人。 でもその時の調子ではたとえポタージュスープでも釘が出ているみたいに のどに刺さりそうでした。 ホテルに戻る途中、ホテルの近所で遅くまでやっている個人経営の コンビニみたいなところで冷たくて柔らかいもの、ヨーグルトかなにかを 買おうと寄ったら、「ニーハオ!」と元気に店員のアラブ系のお兄ちゃんに挨拶された ので「アサラーマライクム!(ムスリムの人たちの「こんにちは」)」と返しました。 ・・・えらくビックリされて、でもものすごくうれしそうで、こっちがフランス語が非常に 不自由でしかも半病人だっていうのにいろいろ話しかけられて少々、困惑気味。 いやはやクチは災い(?)のもと(笑)。でもヨーグルトを食べるのに小ちゃいスプーン をおまけにくれたからいいや。(日本なら当たり前のサービスだけど、こういうのも 言わないとくれないんだよね、ヨーロッパでは・・・。) そのコンビニもどきの隣くらいに「パンと菓子職人の店」というのがあり、 そうだ、ケーキも買って帰ろ、と入って、美味しそうなケーキがいろいろ 並んでいた中からとろりとしてのどに優しそうな「クレーム・ブリュレ」を選びました。 アルミの薄いお皿に入れて焼いてあって、カラメルがたっぷり。 2ユーロしなかったけど、濃厚な卵とクリーム味!んまいっっ! こういうのまできっちり美味しいところがダテにフランスじゃないんだよな〜。 ホテルの部屋に戻り、テレビでフランス語吹き替えの「アイス・エイジ」を見ながら、 ヨーグルトとクレーム・ブリュレを食べて、あとはバスタブに乾燥防止用に水を張り、 暖房をガンガンに効かせて爆睡しました・・・。
ワールドカップ開催中はサッカー以外の目的でドイツの各都市を 訪れてもたぶん、大挙して押し寄せている各国からの熱心なサポーターに 気圧されることでしょう。日本で開催していたときよりもフィーバーぶりが 50%は上乗せされている感があります。 普段はドイツの誇る画家のデューラーの家や古城、古い教会などが 見どころであるはずのバイエルン州の小都市、ニュルンベルクも 私が行った週末はサムライ・ブルーの日本のサポーターと赤白格子縞の クロアチア・サポーターに占拠された感じでした。 冷房などない安ホテル(それでもW杯料金でちょっと高価めだったのですが)は にぎやかなショッピングエリアのまん中に位置していて、試合の前夜は土曜日 だったこともあり、開け放した窓からは深夜過ぎまでクロアチア・ファンと思われる 人たちの歌声が聞こえていました。 それでも町中に古いドイツを感じさせるところもあります。 ニュルンベルクはロマンチック街道からはちょっと外れていますが、 日本人的には「おおー、ドイツ」と感じさせる一角がときどき目の前に 現われます。 ![]() ![]() ![]() ![]() トリコ(ジャージ)で気合いを入れる(?)ドイツ人観光客。 ![]() ![]() ![]() ![]() ついでにちょこっと食べ物の話。 4時間半もかけて行ったのですから土地の美味しいものも食べたい! 駅の案内所でもらった観光案内パンフレットに出ていた名物を 食べに行きます。 ![]() その真ん前が「キック&グルーヴパーク」と称してビアガーデン兼 PV会場になっています↓。 ![]() 観戦する人で賑わっていました。 ![]() 午後の中途半端な時間で空いていたのですが・・・。 ![]() シャベルのことです。豚の肩肉をオーブンでじっくりロースト。 脂身までカリッカリに焼けていて、香ばしい。 ![]() ![]() レーズン入りの細切れパンケーキ。リンゴをクタクタになるまで煮たアプフェル ムースを添えて食べます。 翌日、サッカーマッチのあとでもう一つの名物を食べました。 ![]() タマネギ、オイル、ヴィネガーで和えたポテトサラダ添え。 もともとお義母さんはバイエルン州出身、ニュルンベルクの料理は 相方にとってのお袋の味に近かったとみえて、えらく喜んで食べていました。
2006年5月15日から20日にかけて、ブレーメンで中高年(ベテラン)卓球世界大会が 行われました。(会場内の様子↓) ![]() できない親不孝なムスメの様子を見がてら、母が参加することに。 せっかくドイツまで来るのだから、と父も日本から随行。 というわけで両親が到着する5月13日からブレーメンを発つまでの一週間、 ブレーメンに滞在しました。ベルリンからブレーメンまでは列車で二時間半ほど ですが「せっかくキミのご両親が来るのだから」と相方も来てくれて、最初の 数日間は相方も一緒。にわか卓球選手(←母)の応援に一家総出、と相成りました。 ブレーメンはハンザ都市として栄えた古い街。ハンザ都市と言うだけに 海運などで栄えた街なのだそうです。今でもシュヌーア地区と呼ばれる旧・船員 住居区など趣のある街角も残っているものの、大半は戦禍で消失していて、 現存する本当に古い建物は世界遺産指定の市庁舎(創立1405-1410)ぐらい、 あとはみんな19世紀以降、あるいは第二次大戦後の再建だったりするようです。 (マルクト広場の様子↓) ![]() 観光客の一番人気はもちろん、市庁舎前の「ブレーメンの音楽隊」の像。 1950年代はじめに作られたもの。ロバの両足につかまるといいことがある、 という逸話があって観光客がみんなつかまるのでロバの足はピカピカでした。 (ロバの足につかまって「せめて一勝」を願う母と父の図↓) ![]() サッカーワールドカップで「ベルンの奇跡」と呼ばれる勝利を手にし、 優勝したことに由来するらしいですが。(観光バスガイドさんが言っていた話。) ブレーメンに到着した日はサッカーブンデスリーガ最終試合の日。 ブレーメンの地元チーム、ウェアダー・ブレーメンが高原のいるHSVとアウェイで 対戦、1-2でアウェイのブレーメンに軍配が上がりました。 ![]() ![]() グリーンとオレンジのウェアダー・ブレーメンカラーで埋め尽くされていました。 ブレーメン中央駅構内のフリーズ(壁面装飾)。 ![]() 「ブレーメンの音楽隊」のタイルモザイクです。 ![]() 日の丸があるのがちゃんとあるのがうれしいですね。 街の中心にある細い小径、Böttcherstrasse(ベッテヒャー通り)。 オシャレな食器や装飾品、服飾を扱うお店やアーティストのアトリエ、 小さい美術館、カフェ、レストランなどがあります。 ![]() シュタイフ社製の音楽隊。(ほぼ実物大?かなり大きかったです。) ![]() ブレーメンの市の紋章には鍵がついています。 というわけでマンホールのふたにもこんな装飾。 ![]() 昔の船員さんたちの住宅街だったというSchnoor(シュヌーア)地区。 シュヌーア(Schnur)は「ひも」のことで、ひもでつないだビーズのように 小さくて可愛らしい家がひしめいて建ち並んでいました。 今はオシャレなお店、おみやげ物やさんなどが中心ですが、住んでいる人も いるようです。東京の谷中界隈が下町情緒あふれる、と観光客で賑わっている のをなんとなく思い出しました。 シュヌーアは土地が低くて、以前は川の氾濫でよく水害に遭っていたそうです。 ![]() ![]() ![]() ところで中央駅の正面にはなぜか赤い鳥居が! ![]() Überseemuseum(ウーバーゼー博物館)でアジアの国々と文化を紹介する 展覧会が開かれていたようなのです。それに合わせて、街の随所でアジア風な 装飾が。ショッピングアーケードにもこんな半被の展示。 川崎市中原区にある元住吉商店街、ブレーメン通りからの贈り物だそうです。 ![]() ブレーメンで見るのもオツなもの。 ![]() 足かけ20年に渡って、少なく見積もっても15回くらいはロンドンに 行っていると思うのですが、初めて見た気がします。 ![]() 優勝したことがないイングランド。ドイツの3回優勝、ブラジルの5回優勝に 大きく水をあけられた感がありますが、イングランド応援気運はもちろん、 高まっていました。 ![]() なっていました。地下鉄の運行状況が書かれていてDelays(遅延)とか Good Service(順調に運行)とか書かれているのですが、Good Serviceなんて いうからには電車内で紅茶とスコーンとキュウリのサンドイッチを期待したいですね、 私は。 ![]() この近くにフィッシュ・アンド・チップスのおいしい店があり、今でもロンドンを 訪れる度に立ち寄ります。お店の人に愛想がないのが難点だけど、ロンドンじゃ 普通かな・笑。観光名所、ウェストミンスター寺院や時計塔ビッグベンからもほど近い あたりなんですが、市が立っていたりして、素顔のロンドンがのぞける界隈です。 ![]() この隣の肖像画ばかり集めたポートレート・ギャラリーも最近、大改修したらしく、 入り口に近いあたりは最近の芸能人などの肖像を集めて、見てわかりやすく、 入りやすい雰囲気になっていました。ポップグループ、Blurのメンバー4人を描いた ジュリアン・オピーの作品はBlurのベストアルバムのカバーにも使われていましたが ホンモノが見られます♡ ナショナルギャラリーが面して建つトラファルガー広場はお天気の良い日だったので 昼休みの時間帯には近くのオフィスで働く人がサンドイッチを持ってたくさん集い、 ちょっと日比谷公園みたい? ![]() 「鳩にエサをやらないでください」の看板に留まっていました。 この看板、英、仏、西、ヒンディー、ウルドゥー(?アラビア語かも)で 書かれていましたがドイツだと、ヒンディーの代わりにトルコ語だよなぁ、 なんて思っていました。 今回は格安航空会社の安いフライトが見つかって「ソレッ!」とばかりに 出かけてしまったため、いろんな友達に連絡を取れなかったのですが、 それでも以前に一緒にフラット(アパート)をシェアして住んでいた友達や、 最近ベルリンに遊びに来ていて知り合った南米出身の女性にも再び会えて、 一緒にゴハン食べたりしました。 信じられないほどのお天気の良さもあって、なんだかすごくリフレッシュ。 楽しい旅でした。
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