ドイツ西部の街、ケルンから時々出かける旅の
記録。ケルンに来る前に住んでいたベルリンから出かけた旅の思い出も入っています。 このブログは「離れ」です。 「母屋」はこちらです。 「今のベルリンのお天気は?」 コメント、リンク、トラックバック歓迎ですが、特定の販売サイトへの誘導や本文の内容と全く関係ないものは削除させて頂くことがありますのでご了承下さい。 カテゴリ
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2006年5月15日から20日にかけて、ブレーメンで中高年(ベテラン)卓球世界大会が 行われました。(会場内の様子↓) できない親不孝なムスメの様子を見がてら、母が参加することに。 せっかくドイツまで来るのだから、と父も日本から随行。 というわけで両親が到着する5月13日からブレーメンを発つまでの一週間、 ブレーメンに滞在しました。ベルリンからブレーメンまでは列車で二時間半ほど ですが「せっかくキミのご両親が来るのだから」と相方も来てくれて、最初の 数日間は相方も一緒。にわか卓球選手(←母)の応援に一家総出、と相成りました。 ブレーメンはハンザ都市として栄えた古い街。ハンザ都市と言うだけに 海運などで栄えた街なのだそうです。今でもシュヌーア地区と呼ばれる旧・船員 住居区など趣のある街角も残っているものの、大半は戦禍で消失していて、 現存する本当に古い建物は世界遺産指定の市庁舎(創立1405-1410)ぐらい、 あとはみんな19世紀以降、あるいは第二次大戦後の再建だったりするようです。 (マルクト広場の様子↓) 観光客の一番人気はもちろん、市庁舎前の「ブレーメンの音楽隊」の像。 1950年代はじめに作られたもの。ロバの両足につかまるといいことがある、 という逸話があって観光客がみんなつかまるのでロバの足はピカピカでした。 (ロバの足につかまって「せめて一勝」を願う母と父の図↓) サッカーワールドカップで「ベルンの奇跡」と呼ばれる勝利を手にし、 優勝したことに由来するらしいですが。(観光バスガイドさんが言っていた話。) ブレーメンに到着した日はサッカーブンデスリーガ最終試合の日。 ブレーメンの地元チーム、ウェアダー・ブレーメンが高原のいるHSVとアウェイで 対戦、1-2でアウェイのブレーメンに軍配が上がりました。 グリーンとオレンジのウェアダー・ブレーメンカラーで埋め尽くされていました。 ブレーメン中央駅構内のフリーズ(壁面装飾)。 「ブレーメンの音楽隊」のタイルモザイクです。 日の丸があるのがちゃんとあるのがうれしいですね。 街の中心にある細い小径、Böttcherstrasse(ベッテヒャー通り)。 オシャレな食器や装飾品、服飾を扱うお店やアーティストのアトリエ、 小さい美術館、カフェ、レストランなどがあります。 シュタイフ社製の音楽隊。(ほぼ実物大?かなり大きかったです。) ブレーメンの市の紋章には鍵がついています。 というわけでマンホールのふたにもこんな装飾。 昔の船員さんたちの住宅街だったというSchnoor(シュヌーア)地区。 シュヌーア(Schnur)は「ひも」のことで、ひもでつないだビーズのように 小さくて可愛らしい家がひしめいて建ち並んでいました。 今はオシャレなお店、おみやげ物やさんなどが中心ですが、住んでいる人も いるようです。東京の谷中界隈が下町情緒あふれる、と観光客で賑わっている のをなんとなく思い出しました。 シュヌーアは土地が低くて、以前は川の氾濫でよく水害に遭っていたそうです。 ところで中央駅の正面にはなぜか赤い鳥居が! Überseemuseum(ウーバーゼー博物館)でアジアの国々と文化を紹介する 展覧会が開かれていたようなのです。それに合わせて、街の随所でアジア風な 装飾が。ショッピングアーケードにもこんな半被の展示。 川崎市中原区にある元住吉商店街、ブレーメン通りからの贈り物だそうです。 ブレーメンで見るのもオツなもの。
by akberlin2
| 2006-05-28 23:17
| Bremen
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